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「地域で支える子育て」のあり方とは

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問題の認識と支援の必要性が叫ばれているという現実につきあたった。

しかしながら出産における現場や保健指導という現場から寄せられるこうした声が、行 政の育児支援に活かされているかは疑問である。特に沖縄県においては、全国に比べ高い 若年出産率や母子、父子家庭率を維持していることなどからも、地域としての支援のあり 方を考えるべきである。

コミュニケーション能力や経済力など社会的基盤が十分でない若年出産家庭の親に対し ては、妊娠初期から出産・その後の育児にわたって行政等の支援者の立場からの積極的か つ継続的な支援が重要になると筆者は考える。現在このような一貫した支援体制はなく、

ごく一部の病院で若年出産の母親向けの育児教室が開かれている程度である40。若年出産の 母親が両親や親戚からの支援を受けられない場合、育児に関して相談できる特別な窓口は なく、気軽に相談しにくく、また年配の母親たちの輪に入れないなど育児に困難を感じる ことも多いのではと推測できる。妊娠に加え、若年ゆえの多くの不安を抱えた若年妊婦に は特別に配慮が必要だろう。こうした若年ゆえの特性に配慮しつつ、支援者側からの積極 的な支援体制が求められているのではないか。

例えばマニュアルにするなどして、若年妊婦と向き合う際の配慮事項を医療機関などの 専門職者だけでなく、FSCなどの生活支援の場でも共有するなどの体制整備も考えられる。

「地域で子育てする」という発想にはこのような連携が不可欠である。

また若年出産に限らず、母子家庭等のひとり親家庭においても、育児支援の充実は必要 不可欠である。家計の維持や育児に追われ、育児や生活に多くの不安を抱える一人親にと って、いざというときに頼れる場があるということは育児の負担感の軽減になる。

その意味で、沖縄県の緊急サポートネットワーク事業においては、「宿泊」という他の機 関では提供しづらく、かつ県のひとり親世帯の就業状況に適合したメニューを設置したこ とで、宿泊利用の8割以上を母子家庭が占めるなど、FSCではすくい上げきれなかった母 子家庭に対するセーフティネットの役割を担いつつあった。

しかしながら、同事業は国の方針として2008年度をもって廃止されることとなり、FSC の事業拡充という形で行われることが決定している。

現状を考慮すると、同ネットワークと同水準の支援を行う余裕がFSCにあるとは非常に 考えにくい。FSC が同ネットワークの事業を受け継ぐということは、高い宿泊需要にも応 えていくということである。また合わせて今後、より若年出産家庭や母子家庭等の低所得 者層の利用を容易にするためには、料金の割引制度や補助なども考慮したい。しかし FSC が予算の面で窮している現状を考えると、支援拡充のためのゆとりがあるとはいえないだ ろう。このため、国や自治体と育児支援の現場である FSC、緊急サポートネットワークの 現場には認識のギャップが存在すると言わざるを得ない。今回の検証により、こうしたギ

40 全日本民医連新聞「10代の出産・育児  孤立させず  根気強くかかわる」埼玉協同病 院・産婦人科病棟  伊藤由実(助産師)2008年9月1日より。

http://www.min-iren.gr.jp/syuppan/shinbun/2008/1435/1435-08.html

ャップとギャップに振り回されつつも現場で懸命に子育て問題に対応している市民の姿が 露呈したように思われる。

しかし先にも述べたように、緊急サポートネットワークですくい上げていた最も支援が 必要だと思われる部分への支援が打ち切られてしまうことに、筆者は行政への憤りを覚え る。

行政は、支援対象が少なければ支援する必要がない、というわけではない。「地域による 子育て」をより現実のものとするには、国によって決められた制度だけでなく地域の特性 を考慮した弾力的な制度の運用が必要である。

おわりに 

  女性の社会進出にともなう結婚観や家族観の変化、雇用不安を背景とした少子化問題に 対し、日本は国を挙げて少子化対策を行っている。その中で、地域を基盤とした育児環境 の整備の必要性は高まってきていると言える。

  家族形態の核家族化が進行する中で、若年出産家庭や母子家庭においても、親や親族の 育児への協力が充分に得られない場合において、地域で子育てを支援するという考え方は 大変重要になってくると考えられる。

  地域による子育て支援の重要な施策であるファミリーサポートセンターの考え方は、

徐々に地域に浸透してきており、その重要性も利用する立場、支援を行う立場の両面から 広く認識されている。しかし、現在母子家庭等によるこの制度の利用度は低く、まだまだ 若年出産家庭や母子家庭等に対しての充分な支援に成り得ていないと言える。

沖縄県においては、ファミリーサポートセンターの補完的な役割を果たす緊急サポート ネットワークにより、宿泊利用の形で母子家庭の育児支援のニーズを担っている。しかし この事業の廃止が決まり、ファミリーサポートセンターへの役割移譲が行われることにな った。ファミリーサポートセンターは現在でも多様化する育児支援に答えるために懸命に 対応しているが、緊急サポートネットワークを引き継ぐ事業拡充に応え得る財政基盤やセ ンター整備がなされているとは言えない。今後同センターが緊急サポートネットワークの 代わりを担えるかは注意して見ていくべき点である。

また筆者は当初沖縄県の若年出産に焦点を当てるつもりで調査を始めたが、その問題の 数的規模の小ささ、また沖縄という地において特有とも言える問題でもあることが研究を 進めるにあたっての困難となった。しかしその両方とも若年出産で困難を抱える家庭への 支援不足へとつながってはいけないものだと考える。沖縄県は国と足並みをそろえた画一 的な制度でなく、この問題に対しては地域性に配慮した柔軟な対応をしていかなければな らないと考える。今回の論文ではこの点までの提案はできなかったものの、今後若年出産 を選択する家庭がより安心して子育てすることができるような支援が行われることを望む。

あとがき 

  書き終えてまず初めに思うことは、この文は論文になどなっていないということだ。4年 間の集大成と言われる卒業論文だが、本当にそのとおりであり、卒業論文に向き合う姿は 大学生活 4 年間における私の姿と全く変わらないものだったと痛感している。常にギリギ リになってからしか行動しないという計画性のなさ、後手後手の対応、「なんくるなるさぁ」

(なんとかなる、という意味の沖縄の方言)という私の悪い性質全てが集約された文章に なってしまった。そのため、卒業論文に対して後悔がないと言うと嘘になる。

  しかし、卒業論文を通して私はかけがえのないものを手に入れることができた。卒業論 文に対して最後まで逃げ腰でいた私を、はっきりとした言葉で叱ってくれた研究室仲間が いた。22歳でお互い大人になり、友人から本気で怒ってもらう機会などめったにない中で、

勇気を持って叱ってくれた彼女の私に対する真剣な想いを感じ、本当に良い仲間をもてた 幸せに思わず涙ぐみ、またふがいない自分を反省した。その他心配して声をかけてくれる 仲間や一緒に朝までパソコンに向かった仲間など、本当に私は研究室仲間に救われた。

お互いに励まし合い、お酒を飲み、共にご飯を食べ、小さなことに笑ったり、経験に共 感したり…4年間のうちのほんの一部の時間にしか過ぎない時だが、みんなが卒業論文とい う自分との勝負に向かう中での時間を共有することによって、それまでよりずっと深い絆 でつながれたように思う。卒業論文に向かうことでこんなに素敵な研究室仲間に恵まれた ことが、一番の幸せであり、得たものだと自信を持って言える。

  本来なら卒業論文は、作成を通して 1回りも2回りも成長し、最終的に集大成と呼ばれ るのにふさわしい立派なものになっているべきである。そのようなものを作り上げること ができなかった私だが、今回卒業論文作成に向かう中で、自分の改善するべき点を多く発 見できたと思っている。作成を終えた今、その発見が貴重な経験となり、これからの私の 糧にしていかなければならないものだと自覚し改善に取り組んでいこうという気持ちであ る。

  最後になりましたが、祐司先生、いつも心配かけてすみませんでした。こんなに自堕落 な私を最後まで励ましてくだって、本当に何度励まされたかわかりません。そんな寛大な 先生に感謝の気持ちでいっぱいです。私はこの研究室に所属して本当によかったと思って います。

そして院生の大宅さんと篠田さんにもお礼を言いたいと思います。毎回の授業での助言 から私たちの卒論の丁寧な添削まで、全ての面にわたり厚くサポートしてくれたこと、本 当に有り難い幸せだと思っています。お三方にはいつも心配と迷惑をおかけしていて心苦 しくも思いますが、本当に心から感謝しています。ありがとうございました。

  また、聞き取りをさせてもらった地元の後輩と母にも感謝したいと思います。同世代と してはなかなか切り込みづらい面もある「若年出産家庭」に関して、貴重な実際の話を聞 くことができたことが、卒業論文への活力となりました。本当にありがとうございました。

ドキュメント内 uꌧɂn̎qĎx̂l@|t@‾[T|[gZ^[Ƃ肪Ɂ|v (ページ 38-44)

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